ヤドカリ
デパート*1のペットコーナーに並べられたカブトムシを見て、何か思い出した。
保育園の最終学年だったか、同級生の男子がほぼ全員カブトムシを持ってくる意味不明なブームが発生した。
保育園のロッカーは、大人の腰くらいの高さでね。
そこの上に、男子どもが持参したカブトムシのケースがずらーっと並んだ。
あれ、今思えば「みんなカブトムシ持ってきてる!」という子供の強迫観念と親の見栄があーしてこーしてな。考え過ぎかな。
そりゃあ僕も焦った。
休み時間になると、みんなそれぞれのケースを持ち寄って見せっこしてな。
これがまたみんなカブトムシをとても大切にしていたのか、ケースから出すことは稀でね。只々、並んだケースを前にカブトムシ談義が弾むというね、批評会のような状況が続いたのだ。
僕も欲しいわなそりゃ。
しかし、当時はデパートで成虫を買ってくるなんて考えはなく、自分で捕獲するもしくは幼虫から育てることが言わば常識*2のようなところがあった。
これもまた忌々しいベッドタウンの宿命だろうか、カブトムシが捕れるようなポイントはありそうで無い、あっても子供だけで行くのは厳しい。
僕の親父はといえば、木に罠を仕掛けてくれるようなアウトドア派じゃないし、カブトムシなんかを捕まえて家の中で逃さないでくれよ派でね。夜中にケースの中で飛ぶ音も嫌がっていた、気がする。嫌だよね。
詰んだ、わけだ。
ダメもとで母に相談してね。
そしたら「これ、持って行ってみたら?」と玄関にあったケースを渡された。
ヤドカリ、だった。
なぜそんなものを飼っていたのかは知らないけどね。通販で買ったんじゃないかね。
普通は持って行かないよな、ヤドカリ。でも、その時は「みんなと同じ」にしたかった。
ヤドカリだから同じじゃねえんだけどよ。子供ながらに妥協したんだろうさ知らねえけどよちょっと思い出したら涙出てきた。
それから、ずらーっと並ぶカブトムシの中にヤドカリを並べる日々が始まったわけだ。
最初に同級生がどんな反応をしたか全く記憶に無いのだが、イジメられることもなく、僕のヤドカリは極めてナチュラルにカブトムシの輪に入ることが出来た、んじゃないかな。
ここまで来ると意地というか執念というか、まあケースに入った生き物なら何でも良かったんだろうさそのブームに乗ることが出来ればね。
でも、あれ水でしょ。保育園児なんてふらふらしてるからね、ある日こぼしてしまったのだ。
そしたら、先生が怒ってね。そりゃそうだよね。そもそも、カブトムシを持たせる親にもイライラしてたんじゃないかね。
そこへ追い打ちを掛けるようにヤドカリだからな。
その日を境に僕はヤドカリを連れていかなくなった。少ししてカブトムシブームも下火になったのか、夏が終わって死んだのかは知らないけど、みんな連れて来なくなったな。
その後、僕のヤドカリはどうなったのかな。忘れてしまった。