『転々』という映画をご存知ですか。

三浦友和オダギリジョーがなんやかんやあって、東京の下町を散歩するというものです。その中で、三浦友和が個人経営の時計屋はちゃんとやっていけるのか、と疑問を持つシーンが有りましてね。店の前でオダギリジョーにそんな疑問をぶつけていると、時計屋の亭主が出てくるものですから、三浦友和は「どうやって生活しているのですか」とかなんとか聞いてしまうわけです。すると、亭主は「お前には関係ないだろ」と激怒し、二人を追い掛け回し、すったもんだがあるといった具合です。

なぜこんな話をしているのかというと、Twitterでは非日常を、Instagramでは優雅な日常を演出する皆さまを見ると、はてどうやって生計を立てているのだろうか、と思わずにはいられないからです。

かといって、本当に皆さまがどのように生活されているのか知りたいと思うわけではございません。言うまでもなく、野暮、野暮、そして野暮なのです。それは、ヤンキーに優しくされた時のような、アイドルのプライベートに遭遇した時のような、芸術家の非芸術的な性癖を知った時のような、下手な例えはこの辺にしまして、まあ拍子抜けしてしまうでしょう。知らないほうが良いことばかりなのです。

 Facebookが良い例ですが、実際の人柄を知っているが故に、その投稿で何を見せ、何を隠そうとしているのか、魂胆が丸見えなわけですね。そりゃ「いいね!」なんて出来ませんよね。

まあそんなところございます。流したい情報を流し、拾いたい人がそれを拾うだけのことです。